江戸川区平井の個別学習塾 C.school の6月号通信です。今月は、高校進学をゴールにせず新環境で学び続ける高1、中学から通い区切りまで頑張り抜いた高1など、卒業後も成長を続ける生徒の姿をお伝えします。コラムでは藤井が哲学者・國分功一郎の言葉を引き「目標に向かう努力と、夢中になること自体の価値」を、関屋は運動会で見た「学力以外の一人ひとりの良さ」について綴っています。
高校入学をゴールにせず頑張り続ける(中阪)
新学年になり2ヶ月が経ちました。私が担当する高校1年生のAくんとBくんは中学から引き続き通ってくれています。Aくんは学校独自のカリキュラムで1年生時点で高2の数学の内容も習っています。学校の授業スピードも早いですが、内容に付いていけるようにと要点だけ掴む勉強をするなど工夫して取り組んでくれています。Bくんは各教科の小テストにも手を抜くことなく取り組み、学校で1日に4つ小テストがある時にも、全てに全力で取り組んでいました。高校受験という闘いは終えましたが、それをゴールにせず、新しい環境の中でも目の前のやるべき勉強に取り組んでくれている2人の姿勢が素晴らしいと感じています。
これから先も楽しく頑張って!(入山)
中学1年生の頃から通い続けてくれている高校1年生のCさん。高1の前期中間テストまでと決めてこれまで通塾を続けてくれていました。高校生になって初めてのテスト勉強も最後まで頑張ってくれていました。中3の時、年次報告会で発表もしてくれていましたが、辛いことも嬉しいことも経験できた感慨深い中学生活を経たからこそ、成長できたことがたくさんあると思っています。その経験を大切に悩みながらも前に進んでいけることを願いながら、これから先もずっと応援しています。
高校生の最初の定期試験が終わりました!(藤井)
(まだ試験が残っている子もいますが)高校の今年度最初の定期試験が多くの高校で終了しました。みんながそれぞれの目標に向けて学習計画を立てて、進めていきました。新高2のDさんは教科書を音読して授業内容を思い出す、という新たな試みを行い、今回のテストでの校内順位が高校入学以来最高でした。よく頑張りました!一方で、学年が変わり学習内容が難しくなり、今回の試験で思うような結果を出せず悔しい思いをしている子もいました。
今回の試験の結果の良し悪しに関わらず、良かったこと、次回の目標、その目標に対してやるべきことや改善したいことを話すために、全員と振り返りの面談を行っていきます。7月頭には次の定期試験を控えている高校生。次に向けてしっかり振り返って、また頑張っていこう!
試験対策説明会
6月の定期試験へ向けて、試験対策説明会をオンラインで行いました。(ご覧になっていない方は是非動画をご覧ください)。
説明会の中では、効率的な暗記のメカニズムとして「カーピキー実験」のお話しをさせてもらいました。暗記は正しいやり方(=自己テスト)こそ、精神的に負荷の高い(やるのが億劫(おっくう)に感じる)学習の方法でもあります。
正しいやり方を理解した上で、楽をしようとする自分に打ち勝っていけるような試験期間とともにしていけたらと思います。
〜 今月のコラム 〜(藤井)
4月〜5月で、高3の受験生たちと進路についての面談を多くしていました。その中で、大学で学んでみたいことや興味のあることなどを元に、自分が目指したい大学や学部を探してもらっていました。それは、C.schoolが「自分が納得する目標を立てて、それに向かって努力すること」をとても大切にしているからです。ただ一方で私は、生きる上で重要なのはそれだけではないとも思っています。
目標を持ってそれに向かって努力することの価値は言うまでもありません。ただ、私自身の経験の中で、「目標に向かってそこから逆算して何かを成し遂げる」ことだけでなく、「ただやっているだけで楽しくなってしまう」ようなことや、「夢中になっている」ことも同じように重要なことなのではと思います。
私自身、高校受験や大学受験ではどちらも第1志望に落ち、大学時代に2年間出場したビッグバンドのコンテストは、どちらも(優勝を目指した末の)2位と3位でした。ただ、私にとって重要だったのは「第1志望を目指したけど落ちてしまった」とか「優勝を目指したのに2位止まりだった」ということではありません。むしろ、そういった目標に向かって努力すること以上に、目標に向かって勉強や演奏(練習)をしているうちに、「勉強や演奏をしていることそれ自体が楽しくなってしまった」ということです。
哲学者の國分功一郎が『目的への抵抗』という本の中でこう言っています。
「人が贅沢をするのは、それがよろこびをもたらすからです。美味しい食事を食べるのは、それが美味しいからです。贅沢は何らかの目的のためになされるのではありません。ですから、「人間らしい生活をするために、私は贅沢をしなければならない」と考え、そのような目的を立てて贅沢をしようとしたら、それは贅沢ではなくなってしまうでしょう。贅沢はそもそも目的からはみ出るものであり、それが贅沢の定義に他ならないからです。(中略)行為にとって目的が重要な要因であることは間違いないが、しかし行為は目的を超越する限りで自由なのだということです。」
國分功一郎. 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)
ここで「贅沢」という言葉で表されているのは、単に「行き過ぎたお金の使い道」のようなことではなく、「人生の幸福や喜び」に近いものだと思います。つまり幸せというのは、目標に向かって努力することだけではなく、「単に楽しいからやっている」「夢中になっている」ことでも得られるということだと思います。だからこそ、私は子どもたちに「今自分が夢中になっていること」を大事にしてほしいなと思います。
ただ一方で、この「単に楽しいからやっている」私にとっての勉強や演奏活動は、受験やコンテストに向けて必死になって取り組んだ期間があったからこそ、見つけられたものだと思います。
おそらく子どもたちの中には「やりたいことが見つからない」という子もいると思います。そんな子どもたちには、まずは学校の勉強に必死になって取り組んでみてほしいなと思います。学校というのは意外と幅広いことが学べる場所です。その中で頑張っていれば、自分の琴線に触れるものがきっとあるはずです。
運動会を見て (関屋)
近くの中学校の運動会を見に行きました。以前は現地で見られたものの、しばらくコロナ下の期間は現地に入ることができず。久しぶりに、今年は校庭で子ども達の姿を見ることができました。
塾に通ってくれている子たちの姿もたくさんあり、競技で活躍している姿や周りの友達を声で盛り上げている姿など、塾の中だけでは見られない表情や様子がいくつもありました。
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当たり前なことだと思うですが、、人に対する評価は「成績」や「頭の良さ」など、いわゆる学力に関することだけではないはずです。運動面や芸術面に関する能力。その人の周囲に対する配慮や優しさ。ユーモア。努力を積み重ねられる才能…。人が評価されるべき側面は言うまでもなく多様です。
一方で、子ども達が日常を過ごす学校生活では、「学力」が評価の中心にあり、その存在感は大きくもあります。
「あの子は頭が良い」と周囲から評価される子は、自ずと自信を膨らませることができ、自己肯定感も高まりやすい。
逆に「自分は勉強ができない」と自らを評価してしまうことは、それをもとに自信を伸ばしづらくしてしまうこともある。
「テスト」が大きな存在として位置付く学校生活においては、「学力」がその人の評価として(大人が生きていく社会生活よりもずっと)大きな存在感を持っているように感じます。
私たちは塾の立場であるので、この「学力」の物差しのもとに、少しでも一人ひとりが以前よりも成長していけるように関わっていく役割があります。そこでの成功体験をもとに「自分はできる」と自信を深めてほしいとも思います。
ただ一方で、学力だけではないはず。その人の個性や素晴らしい側面は、それ以外にもたくさんあるはず。
塾での関わりの中でも、そうした一人ひとりの素晴らしい部分と出会うことはたくさんあります。
自分の課題に対して真摯に向き合い、それを乗り越えようとする姿。少しでも以前の自分よりも良くなろうとトライする姿。自分の家族や友達を気遣うような言動。
学力の向上に軸足を置く中でも、その過程を通じて見えてくる一人ひとりの良さがあるからこそ、またそれを近くで気づくことができる私たちの立場でもあるからこそ、そういった良い部分を「良いことだね」と、一人ひとりに伝えてあげたいなと思います。
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運動会での一人ひとりの個性が表現される姿を見て、改めてそんなことを感じました。
でもやっぱり、まずは運動会では子ども達が楽しそうで、見ているこちらも自然と楽しくなりますね(笑)
また来年も行きたいです。(関屋)
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