江戸川区平井の個別学習塾 C.school の10月号通信です。今月のコラムでは「過去に努力した経験は、未来でもまた再現できる」という関屋の考えを、就職活動で学歴やスポーツ経験が評価される理由を例にお伝えします。勉強は努力と結果が比例しやすいものだからこそ、この塾で一人ひとりが「努力した経験」を積めるよう、担任制の個別指導で寄り添っています。

努力した経験は再現できる (関屋)
最近ある生徒と他愛のない会話をしていた時、「~~さんなら、きっとこれから頑張れるよ」。そんなことを伝えました。
その理由は、過去にその子が相当の努力をしていた時間があることを知っているから。
ただ元気づけるために伝えた言葉ではなく、根拠があった上で伝えた言葉でした。
過去に努力を出来た人は、未来でもまた努力をすることが出来る。そんな風に思います。
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就職活動において、評価指標の一つとして学歴が用いられることがあります。
企業目線で、学歴が評価に使われる理由が何かというと、一つは仕事において能力を発揮してくれる可能性があるから。もしくは、多くの就活生からごく一部の人材を選ぶ上で、効率よく人数を絞れるから。一般的に言われることとして、こういった内容が挙がってきます。
一方で、理由は別にもあるようです。学歴と言われるものは、それまでの人生で勉強時間を割いて来た=勉強において確かに努力をした経験があることの証でもある。過去に努力をした経験を持つ人である可能性が高い人であるということです。
会社に入ってから頑張ってくれる人であるかを見極める上で、過去に頑張った経験があるのか知りたい。それが企業の本音かもしれません。
もちろん努力と学力は必ずしも比例するわけではなく、小さな努力でもすぐ結果が出る人、大きな努力でも結果が出づらい人もいます。
ただ、あらゆる物事の中で、勉強というのものが努力と結果が比較的に比例しやすいものであるのは事実であるとも思います。
(もっと努力と成果が釣り合わない、努力が報われづらいことが、世の中には山ほど存在すると私は思います)
就職活動では、何かのスポーツを頑張って来た人(大学でも部活に所属し、特定のスポーツをやりきった人)も高く評価されているケースがよくあります。それも理由としては同じこと(努力の証)なんじゃないかと思います。(チームスポーツの経験者であった時に、その経験が組織で働く上で評価されるとか、そもそも体力があるとか、他の観点もあるとは思いますが)
もしくは何かの資格を持っている人。資格が仕事で使えるということもあれば、合格する程の努力を出来た人、という見方だってあるはずです。
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過去に頑張った経験がある人は、きっと未来でも頑張ることが出来る。
就職活動の話は、それが一個人の価値観ということでなく、社会的な価値観の一つでもあることの証左であるように思います。
そうであるからこそ、私はその子に確信を持って「頑張れる」と伝えました。
今の瞬間のその子の状況をどれだけ理解できているかに関わらず、過去を知っているので、それだけで自信を持って言えます。
努力した経験は、何も勉強だけの話ではないと思います。スポーツに関して。文化的なことに関して。何でも良いと思います。
勉強はあくまでその中の一つに過ぎないと思います。
でもせっかく塾という勉強を中心とした場で出会った以上、この場では勉強においてその人なりの「努力した経験」を作ることができたらと、私たちの立場としては思います。その努力の経験が、その人の将来においてもまた再現されるものとなるんじゃないかと思っています。(関屋)
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