江戸川区平井の個別学習塾 C.school の2月号通信です。今月は、倍率3倍超の都立推薦入試に合格した中3など、推薦入試に挑んだ生徒たちの取り組みをお伝えします。コラムではヘーゲルの「絶望の道」を手がかりに結果と向き合う姿勢を、関屋は「受験校は最後は自分で決めることが、その後の人生に効いてくる」という考えを書いています。


期待以上の取り組みと確固たる自信(中阪)
1月末に都立推薦入試が行われました。Aくんは1月に入ってから本格的に対策を塾で取り組んでくれました。作文・面接ともに私から毎回フィードバックをしましたが、Aくんはその全てに対して真摯に素直に向き合い、私が伝える以上のことを自分自身で考え、より良く表現できるよう本当によく頑張ってくれました。推薦入試ということもあり激戦必至の倍率3倍超え。受験に「絶対」はありませんが、対策の時から私自身「Aくんには絶対に合格してほしい、いや、絶対に合格できる」と確信を持って送り出しました。結果、見事に合格。「入りたい高校への想いをAくんらしさをもって表現する」ことができた受験だったと改めて思います。次に控えるは都立一般入試。中3の皆さん、最後まで走りきりましょう。
やってみようの価値(入山)
都立推薦入試の合格発表がありました。高い倍率の中で、合否が分かれることは避けられない現実ですが、この入試に向けて面接や作文の対策を重ねてきた過程そのものに大きな価値があります。「挑戦する」ことで、感情を含めいろんな反応を生みます。そこで感じることや学びがつながって経験になります。この推薦入試を、ひとつの「やってみよう」としてたくさんのことに挑戦していってほしいなと思います。
中学3年間のすべてに意味がある(関屋)
都立推薦入試の前日、受験予定の中学3年生たち全員と面接練習を行いました。
面接では、「中学校生活で頑張ったこと」が質問として必ず聞かれます。部活や習い事のこと、勉強のこと、委員会や生徒会のこと。内容は何でも良いと思います。他人と比べる必要もなく、「自分なりに」頑張っていれば良いとも思います。ただ大事なのは、何にせよその話について自信をもって話すこと。どんなことでも、中学生のうちに何か一つ自信を持って「頑張った」と言える経験を作ること。その大切さを推薦入試対策を通して感じます。
〜 今月のコラム (入山)〜
都立高校の推薦入試や大学入学共通テストが終わり、結果が出た人もいれば、これから私立入試や学年末試験に向かっていく人もいる時期ですね。「合格・不合格」「何点か」
そのような「結果」が自然と気になってしまいます。
思ったより低い点数、答案用紙の×印など、いろんな形で「自分の想定が崩れる」ことがあるかもしれません。勉強だけではないです。自分なりの考えや価値観を誰かに伝えたとき、必ず「そうだね」と同意してもらえるとは限りません。「それは違うんじゃない?」と否定されることもあります。正直、ちょっとムッとしたり、傷ついたりします。
これらのことを経験すると、なんだか自分自身が否定されたような気持ちになります。
かつて19世紀ドイツに、この「自分の想定が崩れる」ことについて深く考え抜いたヘーゲルという哲学者がいました。
彼は、「自分の想定が崩れる」このプロセスを「絶望の道」と呼びました。
それくらい、自分の努力や能力が否定されたように感じるのは、辛く耐え難いことです。
しかしヘーゲルは、「この絶望の道は本当にネガティブなことだろうか?」と考えます。
もし世界中の全員が自分の意見に「その通り!」としか言わなかった場合を想像してみてください。 確かにその世界は自分にとって気分が良いかもしれませんが、新しい発見はありません。あなたの考えは今のサイズで止まってしまいます。「違う」と言われて初めて、「あれ、そういう見方もあるのか」と気づける。ヘーゲルは、絶望こそが自分の想定を更新するための入り口だと考えました。合格した人、良い点数を取った人にも、「想定とのズレ」は必ずあります。「思ったより苦戦した」「意外とここはできた」のように、そうした発見もまた、自分の想定が更新される瞬間です。考えていくと、大切なのは、結果が良かったか悪かったかではなく、自分の想定とのズレを見つめることだと分かってきます。
しかし、このズレと向き合うことは実際とても難しいことです。またこのズレを経験するのが怖くて、チャレンジに前向きになれなかったりします。逆に何もしないことが安全に思えたり、結果を見た瞬間に目を背けたくなったり、頑張っても無駄に思えてしまう瞬間だってあります。人間関係の中でも「なんで分かってくれないの?」「他人は他人、自分は自分」と思うこともあります。私自身も今の自分の考えを守るように反論してしまったり、すぐには認められなかったりすることもあります。もちろん、これらの反応も自分自身の心の安全を守るためには必要な反応ですが、向き合うことも辛い「想定とのズレ」に気づいた時、どう向き合っていけばいいのでしょうか。
ヘーゲルの言葉を借りれば、「そのそばに留まること」が大切だと考えています。逃げたくなることもあったり、違いを認められないまま時間が過ぎることもあります。それも必要な時はあります。ただ最も危険なことは、その経験を「無かったこと」にしてしまうことだと思います。ヘーゲルは、「自分の考え」と「自分の考えを崩した経験」を合わせて、より深い考えを生み出すことを「統合」と呼びました。忘れ去って、無かったことにすることは、統合のための材料を捨てることです。
よく「悔しさや失敗をバネにする」と言います。1個では力の足りないバネも捨ててしまえばゴミになりますが、そばに置いておけば、集まっていつか押し上げる力になってくれるかもしれません。向き合うタイミングは人それぞれかもしれませんが、忘れ去ることなく、ひとつひとつの「想定とのズレ」を糧として学べることを見つけていってもらえたらと思います。
受験校を決めること (関屋)
推薦入試が終わり、残すは一般入試のみ。入試に向けた受験生の一年間もいよいよも佳境となりました。
高校受験の一般入試直前期となると、ギリギリ最後の時期まで出願する学校を検討するケースも出てきます。
選択肢としている高校のうち、どこに出願をするのか。1月に受験したVもぎ(模試)や過去問の点数などを踏まえながら決定をします。
家庭の意向や塾の数字に対する見解(合格可能性)も踏まえつつ、最終的には自分がどうしたいか。
本人の意思をもって受験校を決定します。
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過去の受験生たちの中には、多様なシチュエーションがありました。
リスクある選択をして、合格できた子。リスクある選択をして、合格に届かなかった子。
可能性の高い選択をして、合格できた子。可能性の高い選択をして、合格に届かなかった子。
当然ながら、どの選択が正しいかは決める時点ではわかりません。
もっと言うと、決めた先に入学した高校生活で、良い時間を過ごせるかもわかりません。
リスクある選択を乗り越えて入学できた高校で、入学後に苦労した子がいました。
リスクある選択をして合格に届かなかった子が、入学後に人一倍の努力をして大学受験で大きな成果を上げた子だっていました。
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受験に向けてこれまで過ごしてきた先に、結果として「合格」か「不合格」が待っていることは事実です。
ただ大きな視点で考えると、大切なのは「選択」のその先。
これから先の目の前の時間とどのように向き合い続けたかの積み重ねであるはず。
受験後の「日々」に対して、どれだけ自分ごととして向き合えるか。
それは、どれだけ自分の責任で「決めた」と感じられているか次第であるとも思います。
受験生本人が、(受験の結果は別として)その高校を自分の選択の結果として受け止められていることが、その後の人生で効いてくる。それが逆のケースであった時には、何か大変なことがあった時に「人のせい」にしてしまう。そんな気がしています。
特に高校受験では親や学校の先生、塾の先生などきっと多くのアドバイスがあり、その中での決定になるはず。
それでも、最終的には「自分自身で」決めてほしい。少なくとも、「自分で決めた」と本人が感じられているようであってほしい。
「決める」大変さは私自身の経験も含めて強く感じます。それでも、最後まで向き合ってもらいたいなと思っています。(関屋)
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